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「大飢饉の到来」

やがて、エジプト全国にも飢饉が広がり、民がファラオに食物を叫び求めた。ファラオはすべてのエジプト人に、「ヨセフのもとに行って、ヨセフの言うとおりにせよ」と命じた。(聖書 創世記 41:55 新共同訳)

 ファラオの見た夢の通り、大豊作の後に大飢饉が到来しました。しかし、大豊作の時にしっかりと備えをしていたので蓄えがありました。

 とは言え、やはりこの飢饉はとても大きいもので、備えをしていてもいざ直面すると不安に思った人たちもいたことと思います。

 そして、更に状況は悪化していきました。

飢饉は世界各地に及んだ。ヨセフはすべての穀倉を開いてエジプト人に穀物を売ったが、エジプトの国の飢饉は激しくなっていった。(聖書 創世記 41:56 新共同訳)

 飢饉が世界規模へと拡大し、備えをしていたエジプトの国は、小出しにするのではなく全ての倉を開けなければならない状況にまで来ていました。

また、世界各地の人々も、穀物を買いにエジプトのヨセフのもとにやって来るようになった。世界各地の飢饉も激しくなったからである。(聖書 創世記 41:57 新共同訳)

この飢饉の中で「エジプトに行けば食糧がある」と噂を聞いた人たちが食糧を買うためにエジプトへとやって来ました。それほどに世界の状況も悪化していたようでした。

 神様がヨセフさんに示した困難への備えは、自分たちの国だけが助かるためだけではなく、求めてやって来る人たちの命をも助けるものであったのでした。

そして、この大飢饉という状況が、ヨセフさんが昔見た夢を現実のものとするきっかけとなっていきました。

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「忘れて増やす」

エジプトという異国の地にて思いもよらない方法でどん底から引き上げられたヨセフさんは、ファラオという国のトップから全てを任される存在となりました。

 神様から示された通り、早速来る7年間の飢饉への備えにとりかかりました。ここでも神様からの知恵に従い、誠実に国の大事業に取り組んでいきました。

 そんな中で、家族を離れて独りエジプトの地に身をおいていたヨセフさんにとって嬉しい出来事がありました。

 ファラオから与えられたアセナトさんという女性と結婚することで家庭を持ちました。そして、飢饉がやって来る前に、2人の息子を授かりました。

 ヨセフさんは、生まれた2人の息子にそれぞれ深い意味の込められた名前を付けました。

ヨセフは長男をマナセ(忘れさせる)と名付けて言った。「神が、わたしの苦労と父の家のことをすべて忘れさせてくださった。」(聖書 創世記41:51 新共同訳)

兄弟たちの憎悪の結果、奴隷の身となり、更には愛する父親との暮らしから突然引き離されてしまったという辛い人生を送って来ましたが、祝福を通してその辛さを忘れさせてくださったということを長男の名前に込めました。

また、次男をエフライム(増やす)と名付けて言った。「神は、悩みの地で、わたしに子孫を増やしてくださった。」(聖書 創世記41:52 新共同訳)

たった独りで異国の地に連れてこられ、本来なら家庭を持つことなどできなかったかもしれない自分が、今や2人の子どもに恵まれたということへの感謝を込めて次男の名前を付けました。

 2人の息子につけられた名前は、エジプトの国を治める者として誠実に働くヨセフさんの神様への感謝の大きさをかいま見ることができるものでした。

 辛い経験から脱した時、段々と感謝の気持ちが薄れていってしまうということがよくあります。しかし、ヨセフさんは息子たちの名前を呼ぶ度に神様への感謝を思い起こしていたことと思います。

「どん底から引き上げられる」

 国の危機に際して、聡明で知恵のある人物を探すという課題を抱えたファラオでしたが、自分の目の前にいる人物こそ、まさに理想の人物であるということに気が付きました。

お前をわが宮廷の責任者とする。わが国民は皆、お前の命に従うであろう。ただ王位にあるということでだけ、わたしはお前の上に立つ。」  ファラオはヨセフに向かって、「見よ、わたしは今、お前をエジプト全国の上に立てる」と言い、 印章のついた指輪を自分の指からはずしてヨセフの指にはめ、亜麻布の衣服を着せ、金の首飾りをヨセフの首にかけた。 ヨセフを王の第二の車に乗せると、人々はヨセフの前で、「アブレク(敬礼)」と叫んだ。ファラオはこうして、ヨセフをエジプト全国の上に立て、 ヨセフに言った。「わたしはファラオである。お前の許しなしには、このエジプト全国で、だれも、手足を上げてはならない。」

(聖書 創世記 41:4044 新共同訳)

 牢獄に入っていたヨセフさんは、一瞬にして国を任されるまでに引き上げられました。エジプトの人たちからすれば外国人であり、ついさっきまで牢獄に入っていた人です。

 しかし、王様はそんなヨセフさんに対して、大切な印章のついた自分がしていた指輪をヨセフさんの指へと移しました。

 これを見た時、周囲の人たちも「ファラオは本気なんだ」と悟ったことと思います。

 父のもとで特別な上着を着せられて特別な愛情を受けていたヨセフさんは、兄たちに上着を剥ぎ取られ、奴隷へと売られ、一度は色々と任される立場となりましたが牢獄へと入れられてしまいました。

 そんな紆余曲折を経験する中でも、神様はヨセフさんと共におられ、導き、ヨセフさんを成長させられました。そして、だれも予想しなかったところまで引き上げられていきました。

 人間的な視点で見れば、辛くて理不尽に思える歩みでした。しかし、全てはヨセフさんがここに来るために神様が計画されたものでした。

「神様からの知恵」

夢の解き明かしと共に、その夢が現実となった時にどのように対処したらよいかという解決策まで示されたファラオには、1つの課題がありました。

それは、解決策の中で示されたように、7年間の飢饉に備えるために国を治める聡明で知恵のある人物を探すということでした。

もし、この夢が本当であれば、7年間の飢饉という迫り来る困難は命に係わることであり、エジプトという国の存続にも関わるような大事件です。

「そんなことが起こるはずがない」と言って、ヨセフさんを退けることもできたかもしれません。しかし、ファラオはその解き明かしを真剣に受け取りました。

自分の国を誰に託したらよいだろうか。本当に大きな課題であったことと思います。しかし、一連の出来事にしっかりと向き合ったファラオの目の前には、もう既に国を治めるのに最適な人物が用意されていました。

ヨセフの方を向いてファラオは言った。 「神がそういうことをみな示されたからには、お前ほど聡明で知恵のある者は、ほかにはいないであろう。(聖書 創世記 41:39 新共同訳)

ファラオは、自分の夢を解き明かし、更には解決策までを示したヨセフさんに声をかけました。ヨセフさんは、エジプト人からすると、外国から奴隷として売られて来てトラブルの結果ついさっきまで牢獄の中にいた得体の知れない人物でした。

しかし、ヨセフさんがどん底の牢獄の中にあっても、神様に従う者として誠実に生きてきたこと、そして、解き明かしの時のヨセフさんの人柄、それらがファラオの心を掴んで離さなかったのだと思います。

そして何よりも、それがヨセフさん自身のすごさではなく、「神様が示された」というものであったということが、ヨセフさんが選ばれたことの理由として語られていました。

神様からの知恵を求め、その知恵に生きていく時、私たちにとっては思いもよらない方向に進んでいくことがあるんだということを知ることができる出来事でした。

しかし、これは偶然ではなく、神様がしっかりとヨセフさんを導いておられたからこその出来事でした。