「神様の手に乗って」

今週一週間、東京衛生病院の職員礼拝の時間に行われたチャペルウィークで御奉仕をさせて頂く機会が与えられました。

場所は、病院ではなく隣の天沼教会の会堂で行われました。毎日、お話の前に特別讃美歌があり、その讃美に耳を傾けながら静かに祈る時を持つことができました。

荻窪へは、八王子からではなく、前日に中野の実家に泊まり、空いている電車で向かうことにしました。そして、集会の後八王子に戻り、また夜9時過ぎに家を出て実家に向かうという、中野、荻窪、八王子を行き来しながらの一週間でした。

小学校の祈祷週に一週間通ったこともありましたが、私の中での祈祷週の一番の心配事は、「集会に間に合わなかったらどうしよう」というものでした。

今回も、毎日そんな心配をしながら「朝起られますように」、「電車が時間通り動いていますように」と祈りながら過ごしていました。

今週は、数日雨の日がありました。丁度移動する時間に土砂降りの雨が降っていることが多

く、着替えやらパソコンやらの荷物を抱えてびしょ濡れになりながらの移動は少し気分が落ち込むこともありました。

しかし、神様が一週間道を整えて下さり、歩むことができました。(と、言いたいところですが、これを書いている時点でまだあと一日残っているため、まだ気が抜けませんが。大丈夫と信じて!)

「主はあなたのために、御使いに命じて あなたの道のどこにおいても守らせてくださる。彼らはあなたをその手にのせて運び 足が石に当たらないように守る。」

(詩篇91:11∼12 新共同訳)

 

「ピカピカ光る」

日曜日に、教会大掃除が行われました。床にあるものを大移動し、綺麗に掃除をした後にワックスをかけました。玄関はワックスを3度塗ったので、ピカピカに光っています。

こんなにピカピカに光るんだなと、しばらく見入ってしまいました。また、光を反射して教会の中も明るくなった気がします。

子どもの頃からよく耳にしていた「まもなくかなたの」という讃美歌があります。その中に、「銀のように光る」、「水晶より透き通る流れのそばで」という歌詞があります。

何も考えずに歌ってきましたが、今考えるとスゴイ綺麗な光景を歌っていたのだなと気が付かされます。

この讃美歌は、ロバート・ローリーさんという方がつくられた曲で、ヨハネの黙示録に描かれている新しいエルサレムの様子を歌った讃美歌です。

 

「都は神の栄光に輝いていた。その輝きは、最高の宝石のようであり、透き通った碧玉のようであった。」(ヨハネの黙示録 21:11 新共同訳)

「天使はまた、神の小羊の玉座から流れ出て、水晶のように輝く命の川をわたしに見せた。」(ヨハネの黙示録 22:1)

 

新しいエルサレムの光景は、今の私たちのもっている表現力と理解力では言い表せないくらいのものだったと思います。

そして、それらがピカピカに光っているその光の源はについて、このように書かれています。「この都には、それを照らす太陽も月も、必要ではない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。」(ヨハネの黙示録21:23)

電気に照らされてワックスがピカピカ光っている私たちの教会も、神様の御栄光によって世の光として光輝くものとして頂けますように祈っていきましょう。

「キリスト教との出会い」

私のキリスト教との出会いは、幼稚園を通してでした。マリア・モンテッソーリというローマの精神科医が始めたモンテッソーリ教育という教育法を行う「子どもの家」という幼稚園に入園しました。モンテッソーリさん自身はクリスチャンであったそうですが、調べてみたところモンテッソーリ教育は宗教を問わず行っているものだそうです。

そんな中、神様の最初の導きは、その幼稚園でクリスチャンの先生に出会わせて下さったということでした。他の「子どもの家」に入園していたら、きっとキリスト教に触れることはなかったかもしれません。

子どもの家では楽しい思い出が沢山ありますが、一番思い出に残っているのは、クリスマスに必ず行っていたオペレッタです。

キリスト教、聖書、イエス様、全く知らない中でしたが、この降誕劇を通してクリスマスはイエス様の誕生を祝う日なんだということを早くから学ぶことができました。ちなみに、その時演じたのはヨセフさんの役だったと思います。

 

「イスラエルの聖なる神 あなたを贖う主はこう言われる。わたしは主、あなたの神 わたしはあなたを教えて力をもたせ あなたを導いて道を行かせる。」(イザヤ書48:17 新共同訳)

 

神様は、私たちに対して、わたしがあなたを教えると言っておられます。たとえ、今よくわからなくても、神様ご自身が私たちを教えてくださり、導いて道を行かせてくださいます。

神様は、全く何もわからなかった幼稚園児の私を、オペレッタや毎日のお祈り、何気なく歌っていた讃美歌などを通して教え導いてここまで連れてきてくださいました。

それを通して、「あなたを贖う主」を知ることができました。

「健康に食べる」

5月19日(日)、八王子教会にて春の採食料理教室が開かれました。講師は、甲府集会所の藤田由美子さんでした。

メニューは、グルテンのおとし揚げ、クレソンの胡麻和え、ヨモギ白玉すまし汁、サツマイモの粉のくずもちでした。レシピがありながら、その時に採れた新鮮な野菜を使用する季節を感じることができるお料理でした。

また、メニューになかったサラダも作ってくださり、ハチミツとレモンとオリーブオイルをぜたドレッシングで食べる新鮮な野菜は格別でした。

驚いたのが沖縄から送って頂いているというサツマイモの粉で作ったくずもちです。初めて食べましたが、甘くてとても美味しいデザートでした。

どのメニューも、完成した品の味と共に、新鮮で美味しいお野菜というのも今回のキーポイントだったように感じました。

 

「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。植える者と水を注ぐ者とは一つですが、それぞれが働きに応じて自分の報酬を受け取ることになります。わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。」(コリントの信徒への手紙一3:6~9 新共同訳)

 

聖書は、私たちの信仰の成長ということに関して、人が神様の協力者として植え、水を注ぐと、神様が成長させてくださると言っています。私たちの信仰は、そのように成長させて頂いてきたものです。

畑に植えて、水を注ぐと新鮮な野菜が採れ、食べる人が健康になります。同じように、神様の畑で神様によって育てて頂いた新鮮な信仰は、周囲に健康をもたらす美味しい健康食品です。イエス様とつながることでそのような実として成長させていただきましょう。

「健康に成長」

5月12日(日)から15日(水)まで、立川教会にて全国牧師会が開かれました。全国の教会から牧師が集まり、讃美と祈り、学びと交わりの時を持ちました。

朝の8時半から夜は19時近くまで、講義の時間が持たれました。毎年、海外から講師をお招きし、様々なテーマで学んでいます。

今回のテーマは、「教会成長」と「教会リバイバル」についてでした。また、教団顧問弁護士の先生から「ハラスメント」についての講義を受ける機会も与えられました。

この牧師会は、立川の集会室で行われますが、朝から晩まで座りっぱなしの状態です。そんな牧師陣のために、毎回体操の時間が設けられています。今回の体操の時間は、教団の職員の方々が毎日行っているというラジオ体操第一でした。

驚いたのは、英語版のラジオ体操があるということでした。日本人だけではなく、海外から来られた方々も一緒に、皆でラジオ体操を行い、体を動かす時間が持たれました。

「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。」(ローマの信徒への手紙12:1 新共同訳)

聖書には、自分の体を大切にしていくことが神様への礼拝であると記されています。これは、私たちの心や身体の状態もそうですが、教会というキリストの体に対しても同様のことが言えます。

教会は、身体に様々な機能を持つ様々な部分があるように、様々な賜物を与えられた人たちが支え合うことで成り立っています。キリストを頭として、私たち一人一人に霊的健康が与えられ、教会が霊的に健康で元気な歩みを続けることができるように祈っていきましょう。