甲府教会からのお知らせ」カテゴリーアーカイブ

聞くことによって始まる

英語漬けの生活が始まって2週間になろうとしています。語彙や文法、他にも弱点だらけの私の英語ですが、特に弱いなあと実感しているのが「リスニング」(聞き取り)です。聞き取る力が弱いと、クラスで先生が言っていることが理解できません。友だちとの会話にも支障が出ます。研修を受けているグループ全体への大切な発表も聞き漏らしてしまいます。

これまでもリスニングの力をつけるために、英会話のアプリを毎日聞いたりしてきましたが、今のところあまり成果が出ていません。諦めずに続けていこうと思います。英語と苦闘しながら今回強く感じているのは、「聞く力を身につけるためには訓練が必要だ」ということです。

「聞くこと」が大切なのは、英語に限った事ではありません。人と人との関係、そして人と神様とのにおいても、「相手の話を聞く」ことはとても重要です。聖書は繰り返し「聞くこと」の大切さを私たちに教えています。

実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。

(新約聖書 ローマの信徒への手紙10:17 新共同訳)

少年サムエルは、神様からの呼びかけを聞いたときこう答えました。「どうぞお話しください。僕は聞いております」(サムエル上3:10)。この「聞く」とは、「単に音声が耳に入って来ること」ではなく、「意識して耳を傾ける」姿勢です。私たちが神様の声に、そして周りの人たちの心の声に耳を傾ける姿勢を持つとき、それまで聞こえなかったものを聞くことが出来るようになっていくのかもしれません。

※写真は昨年11月の研修の様子です。

わたしの心を知ってください。

6月25日(日)から、北アジア太平洋支部主催の研修に参加するためにAPIU(アジア太平洋国際大学:タイ)に滞在しています。これは昨年11月に続いての2回目の研修です。朝から夕方まで、英語とリーダーシップの授業が続き、「仲間との会話もすべて英語」というルールの中で17日間を過ごすのはきついものがありますが、懐かしい仲間たちと再会して共に中身の濃い時間を過ごせるのは本当に嬉しいことです。

今週受けた講義の中で「嫉妬」がいかに我々の心を蝕み、そのリーダーシップを妨げるものであるかを考える時間がありました。講義が始まった頃、私は先生の話を一般論として聞いていましたが、講義を聞いているうちに、自分の心の中にどれほど強くこの「嫉妬心」が根を張っているかに気づかされていきました。講義の最後に、ひとつの聖句を読みました。

神よ、わたしを究め/わたしの心を知ってください。わたしを試し、悩みを知ってください。御覧ください/わたしの内に迷いの道があるかどうかを。どうか、わたしを/とこしえの道に導いてください。

(旧約聖書 詩編139:23,24 新共同訳)

自分自身の本当に姿に気づくのは本当に難しいことです。しかも自分の姿に気づいたとしても、その醜い姿を自分ではどうすることも出来ません。しかし、この詩編の祈りの言葉は、私に希望を与えてくれました。私たちは神様に自分の心を明け渡し、導いていただくことが出来るのです。私の心にも、そしてあなたの心にも、神様の平安がありますように。

卒業

今週、街を歩いていると袴姿の女子大生を見かけました。「卒業式シーズンなんだなあ」と実感しました。


天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、

(旧約聖書 伝道の書3:1,2 口語訳)


「卒業」とは、「植えたものを抜く」ような出来事かもしれません。その場所に植えられて、定められた時間の中でそこにしっかりと根を下ろして成長して来た人が、そこでのすべての学びを終えて次のステップに進んで行く。それはもちろんおめでたいことではあるのですが、不安や寂しさなどの痛みが伴うものでもあります。 

いままで自分が慣れ親しんだ場所から巣立つ当人にとっては期待と不安の入り混じる瞬間であり、またその人を送り出し、見送る人たちにとっても、いままでそこにいた人を送り出す寂しさと戦わなければなりません。

厳しい冬の寒さが終わり、様々な生き物が活動を開始し始めるこの季節に私たちはこの節目の時間を迎えます。抜かれた植物は次の場所で根を張り、さらに成長して実を実らせるでしょう。そして抜かれた場所にまた新しい芽が顔を出します。出会いと別れが行き交うこの季節に、神様のこの言葉を約束として覚えたいと思います。


 神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。

(同 伝道の書3:11)


※写真は東京三育小学校の卒業式と、相模原市緑区の小原宿付近の風景です。

セブンスデー・アドベンチスト甲府キリスト教会 牧師 伊藤 滋

今週の礼拝について

12月24日のプログラム

12月24日の安息日プログラムは下記のようになります。

■安息日学校(讃美と聖書の学びのひととき)

午前9:30~10:45
持ち物:聖書、讃美歌(歌集)、聖書研究ガイド(テキスト)

■安息日礼拝

午前11:00~12:00

説教者:Arup Pandey(甲府教会員) ※通訳つきです。
持ち物:聖書、讃美歌(歌集)

  • 聖書研究ガイドなどは貸出用を用意しております。
  • 昼食を用意しております。
  • 皆様のお越しを心よりお待ちしております。

It’s my job!

 

お笑い芸人のイモトアヤコさんが自身の出版記念イベントで、こんな話しをしていました。

「なんでそんなに頑張れるのですか?」「なんでそんなに険しい山に登ったりできるのですか?」という質問をよくされます。そのたびにわたしは “It’s my job!” (仕事だから!)と答えています。「これが私の仕事なんだ!」と覚悟を決めることで、きつい仕事にも取り組むことが出来るのだと話しておられたのが、非常に心に残りました。

考えてみると、私たちには職業としての「仕事」だけに限らず、人としてそれぞれに与えられている役割があります。自ら買って出たい!と思える「仕事」もあれば、なんで私がこんなことしなきゃいけないの?と呟きたくなるような不本意な「仕事」もあるでしょう。イモトさんのこの言葉には、どのような「仕事」に対しても前向きに取り組むためのヒントがあるような気がしました。

わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」

(新約聖書 ヨハネによる福音書6:38~40 新共同訳)

イエス様は父なる神様からご自分に託されていた働き、すなわち全人類の罪を背負って十字架上で死なれる、という「仕事」から逃げることはされませんでした。それは私たちの想像を絶するほど厳しく、恐ろしい道だったことでしょう。しかし、イエス様は私たち人間に救いを与えるために、この「仕事」を引き受けてくださったのです。

イエス様はご自分の「仕事」に徹する生涯を歩まれました。

あなたの「仕事」は何でしょうか?そしてあなたはいま、その「仕事」にどんな気持ちで取り組んでおられるでしょうか?

セブンスデー・アドベンチスト甲府キリスト教会 牧師 伊藤 滋

※写真:八王子市内で。厳しい寒さの中にも春の兆しが現れています。20160206it's my job!