投稿者「堀 圭佑」のアーカイブ

「健康に成長」

5月12日(日)から15日(水)まで、立川教会にて全国牧師会が開かれました。全国の教会から牧師が集まり、讃美と祈り、学びと交わりの時を持ちました。

朝の8時半から夜は19時近くまで、講義の時間が持たれました。毎年、海外から講師をお招きし、様々なテーマで学んでいます。

今回のテーマは、「教会成長」と「教会リバイバル」についてでした。また、教団顧問弁護士の先生から「ハラスメント」についての講義を受ける機会も与えられました。

この牧師会は、立川の集会室で行われますが、朝から晩まで座りっぱなしの状態です。そんな牧師陣のために、毎回体操の時間が設けられています。今回の体操の時間は、教団の職員の方々が毎日行っているというラジオ体操第一でした。

驚いたのは、英語版のラジオ体操があるということでした。日本人だけではなく、海外から来られた方々も一緒に、皆でラジオ体操を行い、体を動かす時間が持たれました。

「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。」(ローマの信徒への手紙12:1 新共同訳)

聖書には、自分の体を大切にしていくことが神様への礼拝であると記されています。これは、私たちの心や身体の状態もそうですが、教会というキリストの体に対しても同様のことが言えます。

教会は、身体に様々な機能を持つ様々な部分があるように、様々な賜物を与えられた人たちが支え合うことで成り立っています。キリストを頭として、私たち一人一人に霊的健康が与えられ、教会が霊的に健康で元気な歩みを続けることができるように祈っていきましょう。

小学校低学年の頃だと思います。ある日、突然親に連れられ駅に向かいました。友達数人と電車に乗せられ何処かへ運ばれて行きました。

着いた場所が何処であるかも解らず、ここで何をするのかも解りませんでした。一つだけ理解できたことは、今日は家に帰れないんだということでした。それが解った瞬間、とてつもない絶望感に襲われたことを覚えています。

今考えれば、子どもたちのお泊り教室のようなものだったと思います。しかし、何も理解しないまま突然その場所におかれたら、どんなに楽しいレクリエーションも上の空になるわけです。

そこに何泊したのかも覚えていませんが、今から家に帰れると知った時の喜びは今でもハッキリと覚えています。(勿論、その場所が酷い場所だったわけではありません。)

聖書にはアブラハム、イサク、ヤコブなど多くの有名な人たちが登場しますが、彼らが持っていた信仰について、聖書はこのように記しています。

 

「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。」(ヘブライ人への手紙11:13 新共同訳)

 

確かに彼らはこの地上で生活を送っていましたが、今は仮住まいであり、本当の故郷が別に用意されていると確信していました。その住まいとは、「更にまさった故郷、すなわち天の故郷」であると聖書は言っています。

天の故郷は神様が準備をしてくださる都です。そこは、あの日、喜び勇んで家にたどり着いたら家が火事で焼け焦げてしまっていた私のような経験をすることは絶対にない、安心して帰れる故郷です。

「キリストの平和」

平成が幕を閉じ、令和がスタートしました。ショッピングモールでは、初売りセールが行われていたり令和Tシャツが売られていたりと、新年号を迎えるおめでたい雰囲気で溢れていました。

また、新年号に向けてのお祝いムードと同時に、平成を振り返り、懐かしむことができるグッズが売られていたりもしました。

その中にあったのが、“平成流行スイーツ味のチョコレート”です。皆様は平成に流行ったスイーツを覚えておられるでしょうか。

そんな平成と令和という境目に立ち会えたわけですが、平成と令和を合わせて“平和”を願いましょうという方々の声も耳にしました。

そんな時代になることを祈りつつ、私たちには既に平和が与えられていることを覚えていきたいと思います。

「また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。」

(コロサイの信徒への手紙3:15 新共同訳)

キリストは、私たちに本当の意味での平和を与えてくださる方です。そして、私たち一人一人がその平和にあずかるようにと、招いてくださっています。

私の好きな讃美歌の中に、とても短い歌ですがこんな讃美歌があります。

「キリストの平和が わたしたちのこころのすみずみにまで ゆきわたりますように」

(希望の讃美歌169番 1節)

キリストの平和への招きに感謝し、そしてキリストの平和がすみずみにまで行き渡りますようにと、今日も祈りましょう。

中心にイエス様

今週は、八王子教会にて1週間を通して春の祈祷週の時間を持ちました。『アドベンチストの信仰の原点2』という読み物を通して、私たちセブンスデー・アドベンチストがどのような信仰を持つ教会なのかを学ぶ機会が与えられました。

①イエスはなぜ死なれたのか、②福音を知らせる、③キリストにある1つの民、④聖霊、⑤創造の不思議、⑥愛の契約、⑦聖餐式、⑧再臨、という8つのトピックについて学ぶことができました。

教会での集会、また、それぞれの場所において祈りと学びの時を過ごされたことと思います。

初日、教会で行う集会は3人でスタートした祈祷週でした。平日の午前中ということで、参加することができる方は限られてしまう時間帯だったわけですが、毎日1~2ずつ人数が増えていき、集会室の丸いテーブルにビッシリ! そして、皆さんで讃美し、学び合い、お祈りをする時間を持つことができた祈祷週でした。

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイによる福音書18:20 新共同訳)

この祈祷週中、素敵な夢を見ましたという報告を頂きました。祈祷会に人が溢れていて、1つのテーブルでは収まらないため、グループに分かれて聖書を読み祈る時間を持っていた。そんな夢だったそうです。想像しただけで嬉しくなりますね。

私たちには素敵な信仰の家族が与えられています。勿論、物理的、時間的な制限があり、実際に集まることは難しいことが多いです。しかし、私たちがどこにいても、イエス様の名のもとに集う時、イエス様は私たちの中にいてくださいます。そこはイエス様を中心とした素敵な讃美と祈りの時間となることでしょう。

この祈りの輪がどんどん広がっていきますように!

新たに力が与えられ

高尾山には、頂上を目指すにあたり幾つかのコースがあります。整備された道ではなく6号という自然の山道を登るコースで頂上を目指しました。

1時間かけて頂上にたどり着くと、沢山の人たちがお昼の休憩をしているとこ

ろでした。小学生の子どもたちが遠足か何かで来ていたようで、皆でお弁当を食べている姿も見られました。

お弁当を食べ終わった子たちが元気に走り回っている姿を見ながら、どこのコースを登って来たのだろうか。ケーブルカーで登って来たから元気なのかな。そんなことを考えながら山を降り始めました。

降り始めてすぐ、長い階段が待ち構えています。その階段をある程度降りたところで

、3人の御婦人がこんな会話をしていました。

「え、こんなに長い階段なの?」

「もうここで折り返しましょうか。。。」

「何言ってるのよ。せっかくここまで来たんだから。何のために頑張ったかわからなくなっちゃうじゃない。頑張りましょうよ」

協議の結果、御婦人たちは頑張って階段を登って行かれました。

「疲れた者に力を与え 勢いを失っている者に大きな力を与えられる。

若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが

主に望みをおく人は新たに力を得 鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」

(イザヤ書40章29~31節)

 

私たちの歩む道において、疲れたり、もう先に進むのをあきらめたくなってしまうことに直面することがあります。

しかし、神様はそんな私たちに「新たに力を与え」てくださると言っておられます。「走っても弱ることなく、歩いても疲れない」。それが、神様に望みをおく人の歩みです。

イエス様とお会いするその日まで、Uターンせずに歩み続けましょう。