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「毛皮で隠す」

 兄のエサウが狩りに出かけている間、母リベカはどのようにすれば弟のヤコブが祝福を受けることができるかを考えました。

そこで思いついたのが、エサウさんが帰って来る前にヤコブさんを父のもとに行かせ、先に祝福を受けるという単純ながら大胆な作戦でした。

普通ならば無理な作戦でしたが、イサクさんは年をとって目がかすんで見えなくなってきていました。上手く兄のふりをしていれば気づかれずに済むと確信したのだと思います。

早速、この作戦をヤコブさんに伝えました。ヤコブさんは喉から手が出るほど祝福がほしいという思いはありましたが、父をだまして祝福を得るというのは、さすがに良くないことであるという思いにかられます。

しかも、兄と弟では決定的な違いがありました。エサウさんは毛深くて「全身が毛皮の衣のようであった」(創世記25:25)ということです。それに対して、ヤコブさんは、「肌は滑らか」(創世記27:11)でした。いくら父親の目が見えなくなってきているとはいえ、この特徴ゆえに体に触れればどちらであるかの区別はすぐにつきます。

ヤコブさんはそんな心配事とともに、父をだますというこの作戦を決行することをためらいました。

しかし、母はそんな息子を説得し、イサクさんをだますために周到に準備を整えました。そして、ヤコブさんも母の言葉に従い、父親をだまして祝福を得るという作戦に加担していったのでした。

「ヤコブは取りに行き、母のところに持って来たので、母は父の好きなおいしい料理を作った。リベカは、家にしまっておいた上の息子エサウの晴れ着を取り出して、下の息子ヤコブに着せ、子山羊の毛皮を彼の腕や滑らかな首に巻きつけて、自分が作ったおいしい料理とパンを息子ヤコブに渡した。」(聖書 創世記27:14∼17 新共同訳)

果たしてこの作戦は成功するのでしょうか。しかし、たとえ父をだますことに成功したとしても、祝福の与え主である神様の目を欺くことはできません。

「心が騒ぐ時」

父イサクさんの後を継ぐことになっていた長男のエサウさんは、2人の奥さんとの結婚を通して両親の悩みの種となっていきました。

しかし、長男がどのような状況になっていたとしても、父イサクさんは長子の特権をエサウさんに渡すことを自分の大事な使命として持っていました。

さて、いよいよその時がやってきました。父イサクさんは長男エサウを呼び、このように告げました。

「『こんなに年をとったので、わたしはいつ死ぬか分からない。今すぐに、弓と矢筒など、狩りの道具を持って野に行き、獲物を取って来て、わたしの好きなおいしい料理を作り、ここへ持って来てほしい。死ぬ前にそれを食べて、わたし自身の祝福をお前に与えたい。』」(聖書 創世記27:2∼4 新共同訳)

今から狩りに行き、獲物を取ってきて料理を作って私の所へ持ってきなさい。これをもって、正式に父イサクさんの持つ祝福が長男エサウさんのもとへ受け継がれることになるのでした。

しかし、そのやり取りを聞いていた母リベカさんはどうしても納得することができません。そこで、弟ヤコブさんを呼びこのように言いました。

「家畜の群れのところへ行って、よく肥えた子山羊を二匹取って来なさい。わたしが、それでお父さんの好きなおいしい料理を作りますから、それをお父さんのところへ持って行きなさい。お父さんは召しあがって、亡くなる前にお前を祝福してくださるでしょう。」(聖書 創世記27:9∼10 新共同訳)

兄エサウさんが狩りをして戻ってくる前に、先に料理を持って行き、祝福をもらうという作戦でした。

神様からの約束があり、それを信じていつつも、今まさに弟ではなく悩みの種である兄がその祝福を得ようとしているのを知り、何とかして自分たちでそれを阻止しようと慌てて動き始めたのでした。

神様は必ず約束を守る方です。それを信じて委ねるということが大切です。しかし、そうだとわかりつつも、どうしても慌てたり焦ったりしてしまうことがあります。

「生まれる前から」

神様から選ばれ、その言葉に従って歩んできたアブラハムさん、そして、息子のイサクさんでしたが、三代目にして問題が起こりました。

イサクさんに生まれた2人の兄弟エサウさんとヤコブさん。三代目として家長を継ぐのは兄のエサウさんでした。

しかし、エサウさんの結婚によって、その神様に従う家系に危機が訪れました。エサウさんは、「ヘト人ベエリの娘ユディトとヘト人エロンの娘バセマト」(創世記26:34)という女性たちをお嫁さんに迎えました。

彼女たちの出身は、アブラハムさんの代から大切にしてきた天の神様を礼拝し、その神様に従って生きるというものとは全く異なる育ちの出身でした。

アブラハムさん、イサクさんの信仰生活とは相いれないものがエサウさんの結婚によってもたらされたのでした。

アブラハムさんは、そのようなことが起こらないようにと、息子イサクさんの結婚の時には、「息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、娘を息子イサクのために連れて来るように。」(同24:3∼4)という命令をだしていたほどでした。

さて、残念ながら「彼女たちは、イサクとリベカにとって悩みの種」(同26:35)となってしまいました。恐らく、この家族の誰もがエサウさんが家長になることに不安を覚えたことと思います。

しかし、神様はこれを見越して、母リベカさんに対してこんな約束をしてくださっていました。

「主は彼女に言われた。『二つの国民があなたの胎内に宿っており 二つの民があなたの腹の内に分かれ争っている。一つの民が他の民より強くなり 兄が弟に仕えるようになる。』」(聖書 創世記25:23 新共同訳)

神様はこの兄弟が生まれる前から、全てを母リベカに告げていたのでした。しかし、この約束を巡って、また事件が起こっていくことになります。

「目をそらさない」

イサクさんが神様の約束を信じ、エジプトに行かずに神様の命じた土地に寄留した時、神様はイサクさんを大きく祝福されました。

しかし、そこで問題が生じました。それは、イサクさんが寄留していた土地に住んでいた人たちからの妬みでした。

先住民からすると、外の土地から入って来て住み着いたかと思うと、財産がどんどん増えていったわけです。家畜やその世話をする僕たちなど、数が増えていくのを見た時、自分たちの土地を侵略するのではないかという心配が生まれてきたのかもしれません。

そこで彼らは、イサクさんたちが大切にしていた井戸をふさいで土で埋め始めました。そして、この土地から出て行ってほしいという通達までなされてしまいました。

その後、イサクさんは井戸のある場所を巡って渡り歩きました。井戸を掘りあてては、その場所で争いが起こる。そんなことをくり返しつつも、イサクさんは反抗して自分がそこに居座るのではなく、争いが起こると次の場所へと移って行きました。そして、ついに争いのない場所で井戸を掘ることができました。

「イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。」(聖書 創世記26:22 新共同訳)

せっかく繁栄し始めた場所を追われ、次の場所を見つけたかと思うと争いが起こる。そんな状況が続いたにもかかわらず、イサクさんの心は神様の約束から目をそらすことはありませんでした。

紆余曲折の中で、投げ出したくなることがあったかもしれません。しかし、今こうやって紆余曲折を通して辿り着いた場所は、神様が導いて与えてくださった場所なんだと強く確信して神様を礼拝したのでした。

「わたしが命じる土地に」

そのとき、主がイサクに現れて言った。「エジプトへ下って行ってはならない。わたしが命じる土地に滞在しなさい。あなたがこの土地に寄留するならば、わたしはあなたと共にいてあなたを祝福し、これらの土地をすべてあなたとその子孫に与え、あなたの父アブラハムに誓ったわたしの誓いを成就する。わたしはあなたの子孫を天の星のように増やし、これらの土地をすべてあなたの子孫に与える。地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。アブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めや命令、掟や教えを守ったからである。」(聖書 創世記26:2∼5 新共同訳)

この言葉は、飢饉が襲ってきた際に、イサクさんに対して神様が言った約束の言葉でした。

エジプトは父アブラハムが飢饉を逃れるために訪れた場所した。イサクさんも、父と同じようにエジプトに行こうとしていたのかもしれません。

しかし、神様はそこには行かないようにと言われました。そうではなく、「わたしが命じる土地に滞在しなさい」と言われました。

神様が命じられた土地には既に先住民がおり、王様も存在していました。イサクさんとしては、そこに寄留させてもらう形になるわけです。ある意味では肩身の狭い思いをするかもしれない状況でした。

しかし、神様はイサクさんに父アブラハムの信仰を示され、息子であるあなたも同じようにわたしの言葉に従いこの祝福を受け継ぎなさいと言われました。

そして、イサクさんが神様の言葉に従い、その土地に留まり「穀物の種を蒔くと、その年のうちに百倍もの収穫」(創世記26:12)がありました。

エジプトに行かず、神様の言葉に従った結果、飢饉の中にあって「主の祝福を受けて、豊かになり、ますます富み栄えて多くの羊や牛の群れ、それに多くの召し使いを持つように」(創世記26:12∼14)なりました。

神様の言葉を信じて従う時、私たちはその祝福を見ることができるということを学ぶことができます。