「戻された代金」

何故かエジプトでスパイ容疑をかけられ兄たちは、1人を人質にして一時帰還することとなりました。そこで、兄弟の中でシメオンさんが選ばれエジプトの地に残ることとなりました。

 兄たちが帰路につく準備をしていた時、ヨセフさんは兄たちの荷物に細工をすることにしました。

 ヨセフは人々に命じて、兄たちの袋に穀物を詰め、支払った銀をめいめいの袋に返し、道中の食糧を与えるように指示し、そのとおり実行された。(聖書 創世記 42:25 新共同訳)

そんな細工がされたことなど全く知らない兄たちは帰路につきました。そして、

途中の宿で、一人がろばに餌をやろうとして、自分の袋を開けてみると、袋の口のところに自分の銀があるのを見つけ、 ほかの兄弟たちに言った。 「戻されているぞ、わたしの銀が。ほら、わたしの袋の中に。」 みんなの者は驚き、互いに震えながら言った。 「これは一体、どういうことだ。神が我々になさったことは。」(聖書 創世記2728 新共同訳)

 穀物は正式に代金を支払って購入したので問題ありませんでした。しかし、それを購入する際に支払ったはずの代金がそのまま袋に入れられていたのでした。何故こんなことが起こったのか訳がわからず他の兄弟にそれを知らせました。

 見方によっては、代金を支払ったと見せかけて不正をしたと言われてもおかしくない状況です。スパイ容疑に加えて、窃盗の容疑までかけられてしまう。そんな恐ろしい状況に感じたかもしれません。

 しかし、まだこの時、他の兄弟たちは自分の荷物の中身には気が付いていませんでした。

それから、彼らが袋を開けてみると、めいめいの袋の中にもそれぞれ自分の銀の包みが入っていた。彼らも父も、銀の包みを見て恐ろしくなった。(聖書 創世記35 新共同訳)

帰宅して袋を開けると、全員の袋の中に支払ったはずの代金が入れられていました。

お金が戻って来てラッキーと思うのか、何故こんなことが起こっているのかと自分たちのおかれている状況に真剣に向き合うのか。

 昔の兄たちであれば前者であったかもしれません。しかし、兄たちは、ある意味得したような状況にあっても、「これは一体、どういうことだ。神が我々になさったことは」と言って神様の御心を知ろうとしました。