「疑いが晴れる」

 エジプトの地に父を連れてくるため、兄弟たちは沢山の食糧や贈り物を携えて出発しました。

 これで父の喜ぶ顔が見られると思った兄弟たちでしたが、一連の出来事に関する報告を聞いた父の反応は、喜びとは異なるものでした。

兄弟たちはエジプトからカナン地方へ上って行き、父ヤコブのもとへ帰ると、直ちに報告した。「ヨセフがまだ生きています。しかも、エジプト全国を治める者になっています。」父は気が遠くなった。彼らの言うことが信じられなかったのである。(創世記 45:2526 新共同訳)

 死んだと思っていた息子ヨセフが生きている。そして、エジプトの国を治める存在になっている。普通ならこの報告は嬉しいものですが、父の心には複雑なものがありました。

 ヨセフさんを失った日、また今回エジプトから一時帰郷した時、息子たちが自分の所に何か報告しに来るときには、いつも悪い事ばかりでした。

 そんな中で、今度はあのヨセフが生きているという報告を聞き、もううんざりだと思ってしまったのかもしれません。それに加えて、エジプトの地で偉い人になっているというわけのわからない話をしている。息子たちの言っていることを信じることができない状態になっていました。

 そこで、兄弟たちは、ヨセフさんから言われていた通り、エジプトで見たこと全てを話しました。そして、ヨセフさんから預かってきたものを見せ、ヨセフさんは本当に生きていて、エジプトで国を治めてる存在なんだということを示しました。

彼らはヨセフが話したとおりのことを、残らず父に語り、ヨセフが父を乗せるために遣わした馬車を見せた。父ヤコブは元気を取り戻した。イスラエルは言った。「よかった。息子ヨセフがまだ生きていたとは。わたしは行こう。死ぬ前に、どうしても会いたい。」(創世記 45:27-28 新共同訳)

 ヨセフさんを失い誰も慰めることができない状態になり、更には大事なベニヤミンさんをエジプトに送らなければならない状況になり生きた心地がしない日々を送っていたであろう父ヤコブさんでしたが、失った息子との再会の希望、そして、それを裏付ける証拠の品々を目の前にして、神様に祝福されたイスラエルとしてもう一度立ち上がりました。