陥れる言葉から救い出してくださる / He will save you from snare

韓国での研修を終えて無事に帰国しました。今回もたくさんのことを学ぶことが出来ました。ある先生から教わったことをご紹介させていただきます。

誰しも心身が疲れて憂うつな気持ちで一日を始めなければならないことがあると思います。わたしも時々そのようなことがあるのですが、そのことをその先生に話すと、先生は「次のそういうことがあったらぜひこれを試してみてね!」と言って聖句を教えてくれました。

いと高き神のもとに身を寄せて隠れ/全能の神の陰に宿る人よ

 主に申し上げよ/「わたしの避けどころ、砦/わたしの神、依り頼む方」と。

 神はあなたを救い出してくださる/仕掛けられた罠から、陥れる言葉から。

(旧約聖書 詩編91:1~3 新共同訳)

心が不安や恐れ、悲観的な思いで支配されてしまうとき、この詩編91篇を繰り返し読むことを強く勧められました。確かにこの章全体を繰り返し読むとき、少しずつ自分の心の焦点が、否定的で移ろいやすい自分の感情から、決して変わることのない神様の真実さにシフトされてゆくのを感じま

した。

イエス様は「何を聞いているかに注意しなさい」と言われました(マルコ4:24)。時にわたしたちは周囲からの評価によって一喜一憂し、また自分心の中から聞こえて来る否定的な声に苦しみます。しかし私たちがそれらの声ではなく、神様の言葉に耳を傾け、それを土台とすることを選ぶとき、厳しく困難な現実の中にあっても確かな平安の中に生きることが出来るのです。

※写真は、韓国・済州島の漢拏山(Hallasan Mountain)です。

Finally, our training program have finished and I came home safely. I learned many things through this program. I would like to share one of them.

Sometimes, we are facing difficulty, and have struggle. So our feeling are getting worse at that time.

One day, I talked with my teacher about my struggle. Then she recommended me a Bible chapter. It was Psalm 91.

Whoever dwells in the shelter of the Most High
will rest in the shadow of the Almighty.
I will say of the Lord, “He is my refuge and my fortress,
my God, in whom I trust.”

Surely he will save you
from the fowler’s snare
and from the deadly pestilence.(Psalm 91:1-3 NIV)

Indeed it was very effective for me. When I read Psalm 91 whole chapter repeatedly, my heart was changing.

It made me focus on His word not to my feeling.

Our feeling are easy to change, it is unstable. However His word isn’t change forever.

“Consider carefully what you hear,” Jesus said(Mark 4:24 NIV).

When I listened about my evaluation from other people’s voice, my feeling were up and sometimes down. My voice also said to myself, “You are bad person”. so my feeling were getting worse.  But if I listen to His word, it makes me happy and stable. Because His word has life always.

May God bless you, and your heart will filled by His word always.

 

人々にもそのとおりにせよ。

韓国・済州島での英語の研修も後半になりました。今週の半ばごろ、酷い頭痛のために半日クラスを休んでしまいました。昼食と夕食を食べることが出来ずに部屋で休んでいると、クラスメイトたちが食事を運んできてくれました。それだけでもとても嬉しかったのですが、「あなたが食事に来ていないことを食堂のスタッフの方が心配していたよ。」と言うのです。友人たちだけでなく、食堂のスタッフの方までもが私のことを覚えてくれているということに胸を熱くしながら夕食をいただきました。


だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。

(新約聖書 マタイによる福音書7:12 口語訳)


イエス様のこの教えはとてもシンプルです。しかし、簡単なことではありません。心の焦点が自分自身にしか向いていない時、私たちは周りの人が何を必要としているか気づくことは出来ません。自分は果たしてどれくらい周りの人の必要や痛みに敏感だっただろうかと恥ずかしくなりました。

 

私を心配して部屋に訪ねて来てくれた中国人の友人は、中国語で心のこもった祈りをささげてくれました。いつも朝早くから私たちの食事を用意してくれているスタッフの方々とは直接の会話を通してはコミュニケーションは出来ません(私が韓国語が出来ないので)。しかし、言語を超えて確かに伝わるものがあることを再確認させられました。それこそがイエス様が私たちに教えてくださったものなのかもしれません。

「さあ、立て。ここから出かけよう。」

韓国・済州島での研修の一週目が終わろうとしています。2年間に4回開催されてきた最後の研修です。懐かしい仲間や先生方と再会を喜び合った一方で、何人かの仲間たちとは会うことが出来ませんでした。それぞれ仕事や教会の事情で、今回の研修に参加出来なかったのです。新しい働きのためにパラグアイに旅立った仲間もいます。


「さあ、立て。ここから出かけよう。」

   (新約聖書ヨハネによる福音書14:31 新共同訳)


弟子たちと3年半、非常に中身の濃い時間を過ごされたイエス様が、間もなく弟子たちと別れようとしたときに、彼らに呼びかけて言われた言葉です。画像の説明

イエス様が弟子たちと共に時間を過ごされたのは、仲間内で楽しい思い出を作るためではありませんでした。「ここから出かけよう。」・・・すなわち訓練を受け、それぞれに与えられている大切な働きに向かって出て行くためでした。

イエス様と弟子たちだけでなく、私たちの人生にも様々な出会いと別れがあります。親しく時間を過ごした仲間と離ればなれになるのは寂しいことですが、このイエス様の言葉を読むときに、前を向いて自分に与えられた道を前進していくように励まされる思いになりました。

※写真はNSD リーダーシップトレーニングセンター近くのPyoseon beachの夕日です。

涙と共に種を蒔く / Those who sow with tears will reap with songs of joy

2016年11月から始まった英語の研修も、いよいよ6月24日から始まる今回の集中講義で終わろうとしています。研修に参加した1年半の間には色々なことがありました。先生の講義を聞いて、それを理解している他のクラスメイトたちが笑っているのに、自分だけ何がおかしいのかが分からなくて、情けなくて涙が出てきたこと。英語漬けの毎日に脳がオーバーヒートしたのでしょうか?ひどい頭痛に苛まれて授業を休んだこと。自ら志願して参加した研修だったのに「自分は何でこんなところに来てしまったのか…」と激しく後悔したことなど、辛かったことが思い出されます。しかし私は今、この研修に参加出来たことを心から感謝しています。2年近く勉強した割には、私の英語力はまだまだ低いのですが、それでも外国の人たちとコミュニケーションを取ることができるようになりましたし、一緒に研修に参加した仲間たちとかけがえのない友情を築くことができました。今回、最初の研修が持たれた韓国・チェジュ島の研修所に滞在するのですが、1年半ぶりにそこに行けるのがとても楽しみです。

涙と共に種を蒔く人は/喜びの歌と共に刈り入れる。

種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる。

(旧約聖書 詩編126:5,6 新共同訳)

私たちそれぞれの人生には、辛くても「涙と共に種を蒔く」「泣きながら出て行く」ことが求められるような場面がしばしばあります。しかし、神様は私たちにこの素晴らしい約束の言葉を与えてくださいました。特に今、苦しみや悲しみの最中にある方が、涙と共に歩いているその道を、いつの日か神様への讃美をささげながら帰って来ることが出来ますように、心からお祈りしています。

※NSD training center の夜明け(2016年11月撮影)

I am participating in English training program. It began in November 2016. It’s almost over.

Session starting from June 24th is our final session. I have experienced many things during this period. One day, we were listening to lectures. My classmates laughed at the lecture. Because they understood the lecture. I could not understand it. I felt lonely then.

I used English only everyday, so my brain burned out. I was absent from class for a bad headache. I regretted participating in this training. Even though I wanted it.

However, now I am grateful that I participated in this training. My English is still not good, but I have become able to communicate with foreigners. God gave me many friends through this training. Those friendships are my treasure. I’m going to Jeju Island in Korea. Our training begins there, and it ends. I am glad that I could visit there again. I will see the same scenery there with different feelings.

Those who sow with tears
will reap with songs of joy.
Those who go out weeping,
carrying seed to sow,
will return with songs of joy,
carrying sheaves with them(Psalm 126:5,6 NIV).

There are several sadness and tears in our life. Everyone has a day to walk while weeping. However, God gave us the promise of “Tears turn into joy”. I pray that God will comfort those who are currently facing particularly deep suffering. Tears turn into songs of joy.

求めているものを神に打ち明けなさい / In every situation, present your requests to God

主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

(新約聖書 フィリピの信徒への手紙4:4~7 新共同訳)

私はかつて、この聖句が好きになれませんでした。「『喜びなさい』って言われても、喜んでばかりいられないよ。こんなに辛いこと、苦しいことがあるのに…。きれい事を言うなよ!」そう思っていました。しかし、著者のパウロがこの手紙を牢屋の中で書いたのだと知ったとき、そう思っていた自分が恥ずかしくなりました。

牢屋の中にいても、心の平安を失わず、むしろ牢屋の外にいる人を励ますことができる人がいる。それに対して、自分は自由な世界にいるのに、目の前の小さなことに心を乱されている…。そういう弱い自分に気づかされたからです。

パウロは「何事につけ、…求めているものを神に打ち明けなさい」と書いています。これは「神様にあなたの本音をぶつけなさい」という意味だと私は理解しています。泣きごとでも怒りでもいい、神様に心からの本音をぶつけるときに、神様からの喜びや平安を受け取ることができるということを、パウロは知っていたのかもしれません。

心の中がちりぢりに乱れるとき、どうしても不安や恐れをぬぐうことができないとき、パウロが勧めているように、あなたが心の底から欲しているものを神様の前に注ぎ出してみませんか?

Rejoice in the Lord always. I will say it again: Rejoice! Let your gentleness be evident to all. The Lord is near. Do not be anxious about anything, but in every situation, by prayer and petition, with thanksgiving, present your requests to God.  And the peace of God, which transcends all understanding, will guard your hearts and your minds in Christ Jesus(Philippians 4:4-7 NIV).

I used to didn’t like this Scripture. This Scripture says, “Rejoice!”

But I thought, “I have a lot of troubles, I cannot rejoice!”, “Don’t try to sound like a perfect person!”

But when I learned that Paul wrote this letter in prison, I was ashamed of myself. Even though Paul was in prison, he had peace of mind. Not only that, he encouraged people outside the prison. I have a free life. However, I am often losing a peaceful mind. I was making myself unhappy with small troubles.

Paul recommends us, “In every situation, present your requests to God”.

It means to honestly tell my true intention to God. We do not have to hide our true feelings in front of God. Even if it is anger, sadness, we can tell to God as it is.

In doing so, Paul knew that we could receive peaceful mind from God.

When your heart is confused, let’s tell your true intention to God as it is. God will give you peaceful mind.