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”キボウのトビラ”講演会のお知らせ

私たちが生きている世界や社会に目を向けるとき、思わず目を覆いたくなるような事件や問題が頻発しています。私たち自身もまた様々な悩みや困難を抱えて生きています。

聖書はこんな時代に生きる私たちに、どのようなことを語っているのでしょうか。確かに私たちが生きている世界には様々な困難がありますが、私たちは聖書の中に「キボウのトビラ」を開く鍵があると信じています。

この「キボウのトビラ講演会」では聖書の「ヨハネの黙示録」から、それらの問題に対する10の鍵について皆様とご一緒に考えてみたいと思います。

皆様のお越しを心よりお待ちしております。

 

演 題 日 時
1 黙示録~キボウのトビラを開く鍵 4/21(土)11:00~12:00
2 「終わり」の始まり~終末のしるし 4/21(土)13:30~14:30
3 罪はどこから来たのか? 4/28(土)11:00~12:00
4 罪の問題を解決するキボウのトビラ 4/28(土)13:30~14:30
5 あなたが法廷に立つ日 5/5(土)11:00~12:00
6 変わらぬ基準~神様の戒め 5/5(土)13:30~14:30
7 神様とあなたの特別な日~安息日 5/12(土)11:00~12:00
8 「死」に対するキボウのトビラ 5/12(土)13:30~14:30
9 人生をもう一度やり直す方法 5/19(土)11:00~12:00
10 天国~キボウのトビラの向こう側 5/19(土)13:30~14:30

 

講師:

藤田優稀(セブンスデー・アドベンチスト甲府キリスト教会長老)4/21,5/5,5/19

伊藤 滋(          〃           牧師)4/28,5/12

 

会場:セブンスデー・アドベンチスト甲府キリスト教会

甲府市上石田1-13-18 電話:055-226-4721

 

http://www.adventist-kofu.jp/

 

入場無料・駐車場有り。お気軽にお越しください。

多様性の中の一致

フィリピンでの研修も2週目になりました。今週、「多様性の中の一致」というクラスを受けました。私たちが住むこの地球には様々な国家、民族、言語があり、それらの中には多様な文化があります。文化の違いは時として誤解を生むことがあります。しかし、謙虚さとお互いに対する敬意を持って理解し合おうとするとき、私たちの視点は拡げられ、理解を深め合うことが出来るのです。

先週末は、近くのAIIAS(アドベンチスト大学院)の安息日礼拝に出席し、日曜の夜には各国の文化を紹介し合うプログラムに参加しました。現在、AIIASでは18カ国から教授たち、そして80カ国から学生たちが集い、学んでいるそうです。世界中の様々な場所から来た人たちと共に神様を礼拝し、お互いの文化を分かち合ったとき、「天国ってこういう場所なのかな?」と感じました。

神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。(新約聖書 使徒言行録17:26,27 新共同訳)

私は外国の信仰の兄弟姉妹たちと交わるとき、この聖書の言葉を思い出します。確かに、言語や文化の違いは時として私たちのコミュニケーションの支障となります。しかし、私たちはそれらの違いを超えて、互いに心を通わせ合うことが出来ると聖書は約束しています。

United in Diversity 

Training program in Philippines has been on the second week. We took a lecture “United in Diversity” this week. It was really interesting. There are various countries, ethnicities and languages in our world. They often make misunderstandings. However, when we try to understand each other with humility, respect, and patience, our perspective will expand and we will understand each other. 

We participated Sabbath worship, and Cultural Night in AIIAS last weekend. Currently, it seems that faculty members come from 18 different countries, and students come from 80 countries learn at AIIAS. When we worshiped God and shared the cultures of each other with people from various places all over the world, I felt “Is heaven such an atmosphere?” 

From one man he made all the nations, that they should inhabit the whole earth; and he marked out their appointed times in history and the boundaries of their lands. God did this so that they would seek him and perhaps reach out for him and find him, though he is not far from any one of us(Acts 17:26,27 NIV).  

I remember this Scripture when I meet brethren in various countries. Certainly, language and cultural differences sometimes interfere with our communication. However, the Bible promises that we can communicate and understand each other beyond these differences.

 

聞くことによって始まる

英語漬けの生活が始まって2週間になろうとしています。語彙や文法、他にも弱点だらけの私の英語ですが、特に弱いなあと実感しているのが「リスニング」(聞き取り)です。聞き取る力が弱いと、クラスで先生が言っていることが理解できません。友だちとの会話にも支障が出ます。研修を受けているグループ全体への大切な発表も聞き漏らしてしまいます。

これまでもリスニングの力をつけるために、英会話のアプリを毎日聞いたりしてきましたが、今のところあまり成果が出ていません。諦めずに続けていこうと思います。英語と苦闘しながら今回強く感じているのは、「聞く力を身につけるためには訓練が必要だ」ということです。

「聞くこと」が大切なのは、英語に限った事ではありません。人と人との関係、そして人と神様とのにおいても、「相手の話を聞く」ことはとても重要です。聖書は繰り返し「聞くこと」の大切さを私たちに教えています。

実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。

(新約聖書 ローマの信徒への手紙10:17 新共同訳)

少年サムエルは、神様からの呼びかけを聞いたときこう答えました。「どうぞお話しください。僕は聞いております」(サムエル上3:10)。この「聞く」とは、「単に音声が耳に入って来ること」ではなく、「意識して耳を傾ける」姿勢です。私たちが神様の声に、そして周りの人たちの心の声に耳を傾ける姿勢を持つとき、それまで聞こえなかったものを聞くことが出来るようになっていくのかもしれません。

※写真は昨年11月の研修の様子です。

わたしの心を知ってください。

6月25日(日)から、北アジア太平洋支部主催の研修に参加するためにAPIU(アジア太平洋国際大学:タイ)に滞在しています。これは昨年11月に続いての2回目の研修です。朝から夕方まで、英語とリーダーシップの授業が続き、「仲間との会話もすべて英語」というルールの中で17日間を過ごすのはきついものがありますが、懐かしい仲間たちと再会して共に中身の濃い時間を過ごせるのは本当に嬉しいことです。

今週受けた講義の中で「嫉妬」がいかに我々の心を蝕み、そのリーダーシップを妨げるものであるかを考える時間がありました。講義が始まった頃、私は先生の話を一般論として聞いていましたが、講義を聞いているうちに、自分の心の中にどれほど強くこの「嫉妬心」が根を張っているかに気づかされていきました。講義の最後に、ひとつの聖句を読みました。

神よ、わたしを究め/わたしの心を知ってください。わたしを試し、悩みを知ってください。御覧ください/わたしの内に迷いの道があるかどうかを。どうか、わたしを/とこしえの道に導いてください。

(旧約聖書 詩編139:23,24 新共同訳)

自分自身の本当に姿に気づくのは本当に難しいことです。しかも自分の姿に気づいたとしても、その醜い姿を自分ではどうすることも出来ません。しかし、この詩編の祈りの言葉は、私に希望を与えてくれました。私たちは神様に自分の心を明け渡し、導いていただくことが出来るのです。私の心にも、そしてあなたの心にも、神様の平安がありますように。

卒業

今週、街を歩いていると袴姿の女子大生を見かけました。「卒業式シーズンなんだなあ」と実感しました。


天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、

(旧約聖書 伝道の書3:1,2 口語訳)


「卒業」とは、「植えたものを抜く」ような出来事かもしれません。その場所に植えられて、定められた時間の中でそこにしっかりと根を下ろして成長して来た人が、そこでのすべての学びを終えて次のステップに進んで行く。それはもちろんおめでたいことではあるのですが、不安や寂しさなどの痛みが伴うものでもあります。 

いままで自分が慣れ親しんだ場所から巣立つ当人にとっては期待と不安の入り混じる瞬間であり、またその人を送り出し、見送る人たちにとっても、いままでそこにいた人を送り出す寂しさと戦わなければなりません。

厳しい冬の寒さが終わり、様々な生き物が活動を開始し始めるこの季節に私たちはこの節目の時間を迎えます。抜かれた植物は次の場所で根を張り、さらに成長して実を実らせるでしょう。そして抜かれた場所にまた新しい芽が顔を出します。出会いと別れが行き交うこの季節に、神様のこの言葉を約束として覚えたいと思います。


 神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。

(同 伝道の書3:11)


※写真は東京三育小学校の卒業式と、相模原市緑区の小原宿付近の風景です。

セブンスデー・アドベンチスト甲府キリスト教会 牧師 伊藤 滋